「誤嚥せず、食べたいものを食べられるようになる」世界を創ること、
を目標に、摂食嚥下の知識と技術を言語聴覚士(ST)だけでなく、理学療法士(PT)や作業療法士(OT)、看護師(NS)、介護職(CW)にも常識として知ってもらい、日々の臨床で活かしてもらう活動をしています。
PTしかいない職場で育った私にとって、摂食嚥下は、はじめは全く知らなかった世界。
食べられない⇒点滴での栄養摂取で、最終的には胃瘻造設して経口摂取をやめる。
肺炎を起こす⇒抗生剤で治療。
食べられないことや、肺炎になることの根本を考えることがなく、それが普通だと思っていました。
しかし、摂食嚥下をSTの方から直接指導を受けたこと、また、身体を根本から見ていく視点を、数々のセミナーを受けていく中で身に着けていったことで、
いかに、日々の臨床が、症状だけをみる対症療法がいかに多いかを考えさせられました。
そして、根本を探って、改善させていくことで、「誤嚥しない」「食べる」につながることをしりました。
それは、PTやOTが身体を見ることだけでは不十分ですし、STが嚥下機能を見ることだけでも不十分です。もちろん、NSやDrだけでも不十分。
「誤嚥しない」「食べる」ことを中心に、各職種が協力しあって診ていくことが大事です。
各々の専門職は専門なだけあって、すごい知識や技術を持っていますが、「誤嚥」「食べる」を中心にすると、各々は点でしかなく、つながっていません。
橋渡しである、口腔機能を診ることに長けているSTが少ないことも一つの要因ではあると思いますが、
首から下しか見ていないPTやOTにも要因があると考えています。
また、NSやCWが食事介助に入る際、摂食嚥下に対する知識を持っている人が少ないのも現状です。
患者さんに関わる医療職なのだから、生命活動の根源でもある、「食べる」も意識してみてはいかがでしょうか?
ちょっとした意識付けによって、診る視点も変わりますし、
あ、こんなことも大事なんや!
こんなことにも繋がってるんや!
ってことを知ってもらい、実践してもらいたいと考えています。
なかには、どうしても「食べる」に至らなく、胃瘻となる人もいますし、胃瘻があっても「楽しみ程度での食事」は可能となることもあります。
「食べる」ことを諦めず、死ぬ最後まで食べたいものを食べていける世界。
理想ではありますが、それを追いかけて臨床を診ていくことには意味があります。
それによって、
・神経難病の方と接している際に、食べたいけど、食べられない
・誤嚥を繰り返して、熱発を繰り返し、状態が安定しない
・せっかくADLが上がってきても、また機能低下をし、病院生活が長引いている
・食べることも、動くこともできなくて生きる楽しみがない
・死ぬまでに、これをもう一度食べたい
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といった患者さんや、
先も長くないので、
食べたいといった希望を叶えてあげたい
といった、家族さんからの要望があったのにも関わらず、何もできずに悔しい思いをすることが減らせていけると考えています。